昭和49年07月10日 月次祭
「国思う道に二つは無かりけり 戦の庭に秋の草群れ」これは明治天皇の御製で御座います、と国思う云う心は二つは無のだと、それは戦場でいわゆる大自然で働いておられる戦士であろうが、本土を守っておる人達であろうが、同じだという意味なんです。それで私は午後のお届けをさして頂く時に、この詠をしきりと頂くんです、でどう云う事だろうかと私はあの思わせて頂いたんですけれども。
ちょうど今日は一時の、夏期信行があっております、その後続いてあの幹部の方達が、合楽教会の十年の記念祭を、目指しておる色々な御用が御座います。又事業っを思い立たれてあります。それでその役員のまあ人員を整えると言うか、もう先程私ちょっとあの、覗かさせて頂きましたが、もう今度は若い方達ばかりを中心にして、その計画がまあ練られております。
もう今日で二日か、三回ですかね会合があっております、まぁあれ何回も何回も会合があることで御座いましょうが、そう云う方達に対する私はあの、御理解だと思いました。丁度私はもうじょさいを言わば巡ってから、あのここへ付かして頂いた「道を思う、心に二つはなかりけり、教えの庭に立つも立たぬも」例えば、ただ私がおかげを頂きたい位じゃ、私がおかげを頂かなければならんからと云う所から御互い信心が始まるんですよ、やっぱり誰でも。
けれども段々信心の精神と言うか、ね、信心が段々分かって参りますと、いわゆる教会愛を云う事になり、教団愛と云う事になり、ね、そしてそれが世界真の平和の、または、世界総氏子の助かりと云う様な事に繋がる琴の為に、私が信心をさして貰わねばならないと、云う様な事に段々成長してこなければならんと思うのです。一っ飛びで出来るはずはありません、ね、それが例えばお道の教師だけが、その御用に立つのではない、道の教師であろうが、信者信奉者であろうが。
同じ思いでなからなければならないと云う事だと私は思うのです。「道を思う心に二つはなかりけり、教えの庭に立つの立たんの」、そこでなら思うのですけれども、なら教えの庭に立っておると言うか、道の教師を拝命したと言うか、ね、ならその先生と言われる人達が、果たして、そう云う道を思うと言う人がどの位あるだろうかと、ね、なら惟は怪しいものだと思うのです、ね。
久留米の石橋先生が何時か、話しておられたが、本当に道を思うと云うのが、教師のなかに十分の一あったら、素晴らしいと言う云う事を良く言われます、教師の十人の十人のなかに一人がです、本当に教団のことを思うと言う様な人があったら、素晴らしいと結局は、なかなかそう云う本当な事には思いが到達しない、そこでまあお互いの信心を、を今反省させて頂かなければならんのですけれども、今朝から頂きます、今日は御理解100節を頂きました。
今朝の御理解、「めでためでたの若松様よ、枝も栄える葉も茂ると言うではないか、金光大神は子孫繁盛家繁盛の道を教えるのじゃ」と、ね、私はね子孫繁盛家繁盛と、子孫繁盛と云う事を先に仰っておられる所に、金光教の信心のいわゆる教祖の御教えの、何たるものを感じます。家繁盛であるならば信心はしなくても、商売繁盛してどんどん賑あっておるという、店もお家もありましょう、ね。
それは必ず金光様ではなくても、さあ繁盛のおかげを頂いておると云う、人が沢山有りましょう、けれども子孫繁盛の道と云う事は、中々です親の代は繁盛しておっても、子供の代、孫の代になってすぼって行く、それはどう云う事かと言うと、祈る時がないからですね。北野の関さんの、お宅は綺麗にされておられますが、もう何年か前です、そこで宅祭が御座いました時に、お神様のお部屋でももう見事に綺麗になっております、お神様ももう見事に奉祭して御座います。
そのお神様の御神前のその正面の所に、私が書いて差し上げたとったのを、それをまあ額に入れて上げてあります。それに「徳積みて栄える家や 菊の花」と言う句が書いてあります、徳積みて栄える家や菊の花徳を積まんなりに、例えば家が繁盛してもそれはダメです、徳を積んでそしてそれに栄えて行くと云うのでなからなきゃ子孫繁盛になりません、ね。そこで私は思うのですけれども、教祖金光大神様が御出現なさって、ね、天地の親神様からご依頼を受けられて、起こって来る商売繁盛や難儀とが、ね。
金光大神のお取次ぎによって助かる道、いわゆる取次ぎ助けてやってくれないかと言う神様の切願と云う物がです、ね、立教神殿の中に現われておる、ね。当時立教神殿を交替して、教祖の神様が教えを説いておられるのは、どうぞ氏子信心をしておかげを受けてくれよと云う事なのである、氏子だから信心をしておかげを受けてくれよまたある時に、佐藤宿老がね。今後の金光教という、教団を設立するに当たって、様々な問題があるんだが、ね、どう言う様な生き方あり方にならして頂いたら。
よろしいかと云う事をお伺いされた時に、そう云う事は教祖は問題になさっていなかった。教団設立と言った様な事は「此方は人が助かる事さえ出来れば結構である」と仰った、私はその事をそれは違ってはおりますまいけれども、只人が助かると云う事は、病人が良くなった、ね、おかげで商売が繁盛する様になった、様々な言うなら目先目先のおかげと云うおかげを受けて行くと云う事も、含まれておりましょうけれども。
助かる人が助かると云うは、私は昨日始めてそれに気が付かせて頂いた思うがするんです、人が助かると云う事は人間が助かると云う事なんだ、おかげを受けると云う事ではない、人間が助かると云う事なんだ、ね。此方は人間が助かる事さえ出来れば良いのであると言う、人間が助かると云うのがです、うんならば徳を積んで行くと云う生き方からでなからなければ、おかげは頂いても惟が不安であり心配である、ね。
昨日一昨日でした、すぐそこに久保山さんと言う方がおられます、長い間足に水がたまる病気なんです、もう足が座られないのです、しかもその痛みと言うたらもうなんとも言えん、その痛み、痛さです、月に二回づつ病院に行かなきゃなりません、水を取りにそのまた水を取る時の厳しさと云う物はもう、それは耐えられない程に苦しい、ね。そこでお参りをされる様になり、その事をお願いされたのが、もう二ヶ月ぐらい前でしょう、おかげを頂いてその月から、病院に行かんで済む様になった。
一月経って見た所が、あぁおかげで水を取らんで良いのである、痛みも段々薄らいできた、昨日一昨日お参りをして来てです。ここへ座ってから「親先生こう云う様に座れる様になりました、あの時に頂いた、ね、食物は人の命の為に、頂く物であり、ね、何を飲むにも食うにも有り難く頂く心を忘れなよと、言う御教えを頂いて、何でも有り難く頂かなければならないと云う事を分からしてもらいました」。
私は行った事がないから分かりません、知りませんけれども、屋敷が随分広いらしい、ここに例えば、草を取ったり、その屋敷が広いから、なんか作ってあるのかも知れません、それでそれがもう毎日毎日草を取らなければ、ならないのがもう、あんまり屋敷が広過ぎるもんじゃけんで、もう本当大事っち言うたらもう、悔やみ回ってお届けをしておりました。あの御教えを頂いてです、本当にこの広々としたお屋敷を頂いておると云う事が有り難いと思う様になりました有り難く頂く事、ね、有り難く頂く、
例えばね「あぁまたこの暑かつ草とらんならん、こう広かもんじゃけんもう困る」と、こう言う生き方ではなくてです、ね、御用の出来るということが有り難い、こう言う広い屋敷を頂いておると云う事が有り難い、と言うその有り難い有り難いで受けれる心が助かっておる姿です、ね。人間が助かると云う事はそう云う事、それがなら良しなら草を取るとが難儀ではない、一事が万事にそういう頂き方なんだ、ね、「此方の道は喜びで開けた道じゃから」と教えられる、ね、
だからなら喜びでなら苦労はさせんと、おおせられると云う事はもう大変深いものなんだ。そこで訳は分からんなりにでもです、ね、喜びで受けさして頂く道を、本当に体得さしてもらおう、けいこさしてもらおうと言うそこから、ね、けいこして行く内にだんだん、有り難い有り難いと、受けて行けれる様になる、ね、だからまずは、人間が助からなければならない。
どんなに繁盛いたしましても、どんなに健康になりましても、ね、健康である為に腕力ばかりが強い、ね、お金が儲かるために、もうそれこそ、お金を湯水の様にして贅沢をする、と云う事では言うなら、その財も一生は尽きませんし、うんなら健康であると云う値打ちもありません、ね、またどんなに健康であります、お金がありますと言うても、内輪の中に、ね、難儀があっては助かりません。
それでは言うならば地獄です、もう本当に内輪が円満でさえありゃぁもう金も要らん物も要らんと言うごとなります、ね、けれども金も要りゃぁ物も要る、または健康も要る、または、あっ財産も、お金も言わば要ると云う訳です、そう云う足ろうたおかげを頂く為には、まずは人間自身が助かり、人間が助からなければいけない。だから金光様のご信心はです、いわゆる、まず人間が助かると云う事、いわゆる子孫繁盛の土台、基と云うのは、まず人間が助かると云う事から始まるのだと云う事、ね。
自分自身が助かる修行をさして頂いておると、段々いわゆる信心の精神が段々入って参りましてからです、自分の願いもまたは言うなら、本当の所へ焦点が置かれる様になる。私が北京から引き上げて参りますまでに何十年間の信心が、愈々間違っておった事に気が付いた、ね、そこで本当の信心が分かりたい真の信心が分からしてもらいたい、そすとどうぞおかげを頂きたいとこう願う様になった、先ずは兎に角親に喜んで貰う信心、まあ言うならば私の信心真の信心の、言わば惟が発端でいよう、ね。
親に孝行したいばっかりで、北京までも言わば出稼ぎに行ったんです、それが裸同様で、家族引き上げて来なければならないというような惨めな状態に、ありましたそこで日頃頂いておる信心の、言わば根が本当に頂きたい、おかげを頂くためではなくて今までの信心は間違いであると云う事に気が付いて、ね。本当の信心を目指すと云う事になって来た、ね、そして親に孝行したいばっかりの一念が、言うならば教会愛と云う事になって来た。その当時朝御祈念にお参りをしますと。
私と奥様と親先生随分随分、あの戦争後の中に一つの、空間がでけましたからもう神様も仏様もあるものかと云う時代ですからねその頃は。月次祭と言うても何人か参っておられますから、御結界からお話になる位な事でありました、私の心の中にいわゆる教会愛が段々、ぼつぼつとこう滾りだした、昔から信者さん方を知っておりますから、ね、もう山本蜷川ずうっと、浮羽郡には浮羽あたりまでも行くでありました。
そして月次祭たんべんに、手を尽くしてから、お参りする行ってはまた一生懸命、信心、有り難いお話をさしてもらった、だから信心が途絶えておった様な人達の、ぞろぞろとお参りがありだした、お月次祭が四回ですから、四回のお月次祭たんべんに、お玄関に下駄が段々沢山ならんで来るのがもう楽しみであった、下駄を数えるのが楽しみであった、今日は二十足あった、今日は三十足あった、ね。
やっぱし五・六十足までぐらいは、おかげを頂きたい、御本部参拝と言や、ずっっと勧誘して参りますから、御本部参拝もやっぱり五十名位ある様になりました、ね、それこそ、教会愛に燃えておったんです、ね、そして親に孝行すると云う事も、勿論考えておりますけれども、もっと有り難い親がある事に気付かして頂いて、もう兎に角親先生中心の信心が、段々なされる様になりました、段々本気で信心の勉強をさして貰い、もうそれこそ親先生が見えると言やぁ、久留米福岡掛け持ちで。
お話を頂きに行くと云う様な、まあ言うなら熱烈な信心に段々なってまいりました「もう大坪さんもう、あんたが、おかげ頂かんなら頂く者ななかばい」と言われる頃になりましたら、もう愈々実は私は反対に困っていった、商売にはもう出来なくなって来る位に、困って行った、けれどもその頃にはもう、教会愛と云う事もですけれどもね、その次の教団が見え出した、金光教の全体が見え出した、ね。
兎に角言うならば現在の金光教の言うならば、道修繕の御用に立たせて頂こうと云う様な、まあ出来はせんけれども。そう云う健気な事を持つ様になった、その頃からまた信心が変わって来た、ね、現在に例えば私が私はまあ、本当に教団の事を思わん事はありませんけれども、ね。それこそ全教一心全教一家と仰せられますから、ね、全教がどうでも一家にならなければいけない、人が助かると言う程しの教えを持っておるならば、ね、宗教が百あるならば、その百の宗教が一家の様にならなければならない、ね。
全教一心してそれこそ教祖様のあの御時代の様な信心に、私共の信心が返らなければいけない、ね、そこからあの和賀心時代を創ると言った様な信心に、言わばなって来た、ね、そこで皆さんは信心の稽古を、そう云う言わば、先生を中心とした教会で、お広前で信心の稽古をなさっておる事になるのです。そこでやはり私を先頭にして、皆さんがその後に続いて来て下さらなければならんのです、そこで皆さんどうか自分の心の中に和賀心を開いて、自分の家に合楽を合楽を頂いて惟も一つそうですね。
有り難いことです、今日も、あの吉井からお参りになった、あの杉さんのお参りになって、息子さんの、奥さんのお父さんも御一緒です、昨日ここに秋永先生に導かれてお参りして見えた、そして帰られてからだそうです。「お母さんどうでんこうでん合楽を沖縄に、創って下さい」っち言わっしゃった、有り難いなぁ惟はブラジルにも創らんならん、ハワイにも創らんならん、今度は沖縄にも創らんならん、例えばそう云うね、もう声が掛かっておると言うだけでも私は有り難いと思うです。
その為には先ずは、皆さんの心の中に、皆さんの家庭の中に、合楽と同じ様な働きの頂けれる家庭言うならば、ね、徳積みて栄える家や菊の花であります、ね、ただ実際その何時も難儀な問題をうんならもう、実際持っておりますけれども。その事が一つ成就すればよい、二つ叶えばよいと言う様な事ではなくてです、そう云う問題を通して真の信心を分からしてもらおう、本当に道を中心とした言うならば生き方にもならして貰おう、自分自身が助かる人間が助かることの為の、信心をさせてもらおうと言う。
願いを奉らなければならない、まずは人間が助からなければならない。段々助かって来る所から、本当の事が見え出して来るのです、自分が助かると云う事はです、言うならば、一切を神愛と感ずる事ですから、神様の心を心としての生き方が出来る様になりますから、神様の手にも足にもならして下さい、ね、神様に喜んで頂く様な御用の一つもさせて頂きたいと言う様な、念願が燃えて来る所からです、ね。
それこそ教えの庭に立つも立たんのであります、一信者であろうが、一教師であろうが、同じ思いに一つの焦点をおいて、信心を進めて行く、けれどもそれが一足飛びに出けると云う事はありません、ね。なら例えばです私がその親っ親孝行も出来ずしておいて、なら、親教会長である所の荒巻先生の、自分の親その親が、に本気で縋って行こう、あっ助かって頂こうと云う様な、考え方または教団の事を思うなんて、自分自身が助からずしておいて、そう云う様な事は言えもせん。
何もせんと思うこう云うと言うならちょっと可笑しい、あんまりにも一足飛びにパーっと世界の真の平和、とばっかりには行かんのですね、まずは自分が助かると云う事、助かると云う事はですね。家繁盛の道を教えると仰るがね、子孫繁盛の道と云うのは徳を受ける道だと云う事を、思うのです人間が真実助かると云う事ね、その人間が助かると云う事が、子孫繁盛に繋がると云う事だと、ただ家繁盛だけではいけません、子孫繁盛の土台が出けてから家が繁盛して行くと、心に菊の花と思われるような、ね。
言うなら有り難い信心の喜びが、ふつふつと滾って来る様なおかげを頂きたい、ね、そこからです言うならば、教団愛と言うかね、または謙虚の所で言うならば教会愛、私は皆さんが本当に教会愛を燃えられると云う事は、そう云う様な実を言うたら、ね。世界真の平和を祈られる事も願われる事も同じ事、教団愛に燃えられるのもそれこ同じ事、是は私はそう思うです、何故かと言うとです。
教団愛に皆さんが燃えられると云う事は、ね、合楽教会が大発展と云う事は、そのまま教団の大発展に繋がる事であり、日本国中の真の助かりの道に繋がる事であり、ね。世界総氏子身の上安全、世界真の平和に繋がる事だと思うからです、ね、ただ教会が発展さえすれば良いと思うてない、教会が発展する事はそのまま、言うならば世界の発展だと言う風に思うておるのですから、まずはいわゆる教団、教団愛教会愛、ね。
切実に教会の事が祈られ願われる。今度例えば色々あのを、後で発表される事でしょうけれども、若い方達を網羅らして色んな組織が出てきおる、もうこの人達はまだ月何遍ぐらいしか参ってこんとにと言う人もおるけれども、お父さんが熱心じゃらお母さんが熱心じゃら、ね。ですからお父さん、お母さんの祈りに支えられて、そして若い勢いと言うかを持って、それは少しやり過ぎても良い、間違っても良いただ教会愛をを、中心にしての、それが行動でありならばです。
私は神様が必ずそれをおかげにして下さると言う風に思わして貰います、ね。道を思う心に二つはなかりけり、教えの庭に立つも立たんも、そう言う精神に統一された、おかげを頂きたい、ね、そういうおかげを皆さんも、合流なさろうとする努力がいる。「いぃや私どんそげなこつなど」言う、言うのではなくて「私はもうこれいっちょ頂きゃ良か」っち言う様な、小さい、言うならば信心から、ね。今少し前進した信心にすまして頂く、おかげを頂いて貰いたいと思います、ね、それにはまずはです。
人間が助かる事、此方は人が助かる事さへ出来ればと言う事は、ただ病気が治りさえすれば、まあそう云う事もありましょうけれども、初めてそれを気付かして頂いた。人が助かると云う事は人間が助かると云う事なんだ、人間が助かって事業である、でなからなければ、財産が出けても健康のおかげを頂いても、矢張り阿修羅の様な状態が家庭の中にあったんでは、もうそれはおかげではない。それを最近では、ね、合楽を皆さんの家庭に、と言うておる訳であります、ね。
どうぞ一つ合楽を沖縄にと、と言われる初めてお参りした方がですよ、ね。こう言う風に色んな難儀な問題がある時に、もし合楽の教会になら教会が、自分の近所でもあったならば、どんなにが、有り難い事であろうと思われたこその事であろうとも、ね、だから合楽自体が本当に、助からなければならない、自分の家庭にいよいよ合楽と同じようなものを、頂いて行く精進をなさらなければならない、それがまず人間、私自身が愈々助かると云う事になると思います。
どうぞ。
愈々一時の期して、夏の信行がもうそれこそ、割れる様な勢いで、皆さん信行に取り組んでおられます、ね、中々色んな事情でお参りが出来なくても、例えば二回でも三回でもです、ね、お繰り合わせを頂いてあの雰囲気の中に、に浸って御座るのでありましてです、本当に何かこう信心の足並みがね、それによって揃う様な気が致します。今日始めてお参りをして来た方がもう兎に角、ここへ入った途端にあの勢いに触れてです、涙ばかりこぼれておったっち、もうそれでいいんですよ、ね、そう言う雰囲気に浸らして頂いて、いわゆる足並みを揃える、としての言わば教会上げての、勢信心と云う事になって来る、そこから愈々、教会大発展の元、にも出けて来る、いわゆるお互い人間、私共自身の助かりも、出けえて来る訳ですからね。